25年間、コツコツと資産を積み上げ、念願のFIRE(経済的自立・早期退職)を達成した私ですが、ここ数日、とあることに没頭しすぎて、気づけば夕方……という日々を過ごしておりました。
きっかけは、友人からの「これ、面白いよ」という一言でした。
本日は、私がハマってしまった「謎のゲーム」の話から、セミリタイア生活における「趣味の悩み」と、その解決策としての「3つの箱」理論について記事にします。
もしあなたが、「毎日ダラダラ過ごしてしまって不安だ」と感じているなら、ぜひ最後までお付き合いください。
FIRE達成でも襲う虚無感 Upload Labsで半日溶けた日の罪悪感
謎の中毒性…「Upload Labs」にハマって感じた罪悪感
私が手を出してしまったのは、「Upload Labs」というゲームです。
※やってみたい人は、こちら(SteamのUpload Labs)
見た目も地味で、やることも「機能を繋いで、データをアップロードするシステムを構築していく」という内容。

正直、何が面白いのか言葉ではうまく説明できません。
でも、やり始めると止まらない。
効率よく回るように工夫したり、意味もなく回路図をきれいに並べたり・・・、あっという間に3時間、4時間が消し飛んでいました。
ふと我に返り、パソコンの画面から目を離したとき、猛烈な虚しさが襲ってきました。
「あれ、俺、今日なにしてたんだろ?」
この「時間が溶けた」という感覚には、快感と同時に、ある種の「罪悪感」が張り付いていました。
なぜ私たちは「生産性のない趣味」を恐れるのか?
この感覚、皆さんも経験ありませんか?
いわゆる「生産性のない趣味」に対する恐怖です。
スマホゲームに課金したり、パチンコで一日を過ごしたり、あるいは動画サイトを延々と巡回したり。その時は楽しいけれど、終わった後に「お金」や「時間」が減っているだけで、手元には何も残らない。
「こんなことをしていて、ボケないだろうか?」
「もっと有意義なことに時間を使うべきじゃないか?」
そんな焦りが、せっかくの楽しい時間を「悪いこと」のように感じさせてしまいます。
FIRE・早期退職後に「生産的な趣味」を求めすぎる罠
世間で言われる「生産 vs 消費」のマトリックスは複雑すぎる
よく、リタイア後の趣味に関するブログ記事を読むと、こんな分類が出てきます。
- 生産的か、非生産的か
- 一人か、複数か
「生産的で複数の趣味である、ボランティア等が良い」とか、「非生産的で一人の趣味である、ゲーム等はほどほどに」とか言われますが、正直、細かいことを考え始めると疲れてきます。
「ブログは生産的だけど、誰も読んでなかったら非生産的か?」なんて考え出すと、キリがありません。
そこで、いろいろ考えたのですが、私としては、大まかな管理がしっくりくると思いました。
おすすめの分類法はシンプルに。「強化・癒やし・交流」の3つの箱
そこで私が提案したいのは、もっとシンプルで、直感的な「3つの箱」による分類です。
つまり、生産性ではなく「自分にどんな効果があるか」で、以下の3つの箱に分けるのはどうかと考えました。

この分類のいいところは、「どれも必要だ」と肯定できることです。
「癒やし」がないと心は枯れますし、「強化」がないと体や資産が持ちません。「交流」がないと孤独になります。
大事なのは「生産性があるか」ではなく、「3つの箱にバランスよく入っているか」ということかと思います。
【検証】50代FIRE男の趣味を3箱分類→見えた致命的な偏り
恥ずかしながら、私の場合について、この「3つの箱」に振り分けてみましょう。
現在、私の趣味と呼べそうなのは以下の通りです。
「ジム、散歩、ブログ執筆、動画鑑賞(AmazonPrime)、読書、投資、妻との食べ歩き・旅行、あと今回のゲーム(Upload Labs)」

投資とブログは「強化」、ゲームと動画は「癒やし」として当てはめました。
私が罪悪感を感じていたゲームや動画は、「癒やし」の役割を果たしてくれています。
一方で、ジムや投資で「強化」もできている。
まぁ、「自分一人で完結する生活」としては、概ね良いバランスだと言えそうです。
わかっていたが…「交流」の箱が妻頼みというリスク
しかし、最後の箱については、まだまだダメそうです。つまり、私の社会との接点は、「妻ただ一人」に依存している状態です。
もし妻が体調を崩したり、友人と出かけたりしたら?
その瞬間、私の「交流」の箱は空っぽになります。
誰とも喋らず、誰からも必要とされない一日が生まれる。これは、精神的な安定にとって大きなリスクです。
私が不安を感じるべきは「ゲームで時間を溶かすこと」ではなく、「交流の箱の底が浅いこと」だったようです。
まとめ:「無駄な時間」はなく「偏り」があるだけ
「Upload Labs」で時間を溶かしてしまったと嘆き、趣味についていろいろ考えた結果の結論としては、
FIRE後の「無駄な時間」はなく「偏り」があるだけ
ゲームや動画三昧で一日が終わっても、自分を責める必要はなく、それは大切な「癒やしの時間」だと思います。
ただ、生活に虚しさを感じるなら、それは「生産性」がないからではなく、「3つの箱のどれかが空っぽ」「もしくは偏っている」からではないかと気づきました。
私の場合は、「交流」の箱をもう少し補強する必要があります。
とは言え、いきなり知らない人の輪に入るのはハードルが高いものです。まずは昔ながらの友人と少し交流の頻度をあげたり、ブログのコメント欄で読者の方と少しやり取りしてみようかと考えています。
皆さんの趣味も、一度この「3つの箱」に入れてみてください。意外な「空き箱」が見つかるかもしれませんよ。



コメント
三つの箱が私とそっくりですw
コメントありがとうございます!
そっくりでしたか(笑)。
自分を客観的に見るのって難しいですが、あの3つの箱に当てはめると急に現実が見えてきますよね。
同じような感覚をお持ちの方からコメントをいただけて、私の「交流」の箱が一つ満たされました。
ありがとうございます!